なぜ文法用語が英語学習に不可欠なのか

「我流」が子どもを迷わせる理由

· 塾長の指導観・雑感,英語勉強法

宇都宮市英語専門進学塾EX 塾長のブログ

保護者の方や生徒から「学校は文法用語を使わずに、教えている」という声をよく耳にします。

確かに、不定詞や仮定法など、言葉だけを切り取れば専門的に響き、子どもには重荷のように見えるかもしれません。

しかし、ここに一つの誤解があります。文法用語は、生徒を混乱させるものではなく、むしろ混乱を防ぐための全国共通の“道しるべ”なのです。

たとえば、サッカーを習う子が「オフサイド」を知らないまま練習に参加したらどうなるでしょうか。

監督によっては「前に出すぎちゃダメ」と言い、別の監督は「相手より後ろにいなきゃダメ」と説明する。用語を避けて説明すればするほど、解釈はまちまちになり、子どもたちはますます頭を抱えることになります。文法用語を避ける英語教育も、まさにこれと同じ構造を持っています。

現場では、「難しい用語を使わない方が親切だ」と信じて教える先生が少なくありません。

しかし、その結果として「自分流」に傾き、全国どこにも通じない独特の言い回しで説明してしまう。

すると、生徒は別の先生に変わった途端、「前に習った説明と違う」と感じ、理解の積み重ねが崩れてしまいます。

これは、教科書や参考書を開いても「聞いた言葉が書いてない」と戸惑う原因にもなります。

ある生徒は、学校の先生から「英語は単語をつなげれば通じる」とだけ習ってきたため、なぜ語順が大切なのか理解できず、長文読解で立ち往生していました。

文法用語を正しく導入した途端、彼の目が変わったのを覚えています。

全国共通の用語を足場にすると、教科書・参考書・模試すべてが一本の線でつながり、自分で学びを広げられるようになるからです。

さらに問題なのは、「文法用語を使わない」ことが、時に教師自身の無知や怠慢の隠れ蓑になっている点です。

表面的な易しさを演出する代わりに、根本的な仕組みを伝えずに済ませてしまう。

これは「泳ぎ方は教えないから、とにかく水に入って動けば覚える」という水泳指導に似ています。

泳げる子もいますが、沈んでしまう子の方が多いのは当然です。

一方で、文法用語をきちんと導入すれば、生徒は自分で学習を組み立てられるようになります。

学校で習った知識と塾で学んだ知識が一致する。

模試の解説を読んでも「あ、これは以前習ったあのことだ」と理解が深まる。学習は先生に依存するのではなく、自律へとつながります。

保護者の方が願う「先生に当たり外れなく、どこでも通じる学力」を育てるには、この“共通の言語”が欠かせないのです。

「我流の優しさ」が子どもを迷わせ、「共通の言葉」が子どもを救う。

この逆説は英語教育における大きな盲点です。

私たちが本当に子どもの未来を考えるなら、耳に優しいだけの教え方ではなく、全国どこでも通用する基盤を築くことを優先すべきです。

文法用語は難解な専門語ではなく、生徒を迷路から導き出すための標識。だからこそ、避けるのではなく、活かす教育こそが求められているのです。