英語の長文指導をしていると、ある種の生徒に共通する症状に気づきます。
一文一文をきちんと日本語に訳せる。構文も取れている。なのに「この文章、結局何の話だった?」と聞くと、答えられない。訳せているのに、内容が頭に入っていないのです。
これは英語に限った話ではありません。国語でも同じ現象が起きます。文字を目で追って最後まで読み切ったのに、何が書いてあったのかさっぱり残っていない。保護者の方にも覚えがあるのではないでしょうか。仕事の書類を読んでいて、気づいたら目が文字の上を滑っているだけだった、という経験です。
なぜこうなるのか。原因は明確です。「訳す」という作業と「内容を把握しにいく」という作業は、脳の使い方がまったく違うからです。
「訳す」とは、英語の語順や文法規則に従って日本語に変換する作業です。これは「変換処理」であり、書かれている情報を自分の中に取り込む動きとは別のものです。多くの生徒は「訳せれば読めている」と思い込んでいます。しかし実際には、訳すことに脳のリソースを使い切ってしまい、内容を取りにいく余力が残っていない。これが「訳せるのに読めない」の正体です。
では、内容を取りにいくとはどういうことか。
私は授業中、長文の本文に対して感想を言ったり突っ込みを入れたりすることがあります。「この筆者の主張、ちょっと極端じゃないか」「なるほど、こういうデータがあるなら確かに説得力があるな」と。これは単なる雑談ではありません。内容を自分の頭の中に引き込むための、意図的な行為です。
文章を読みながら「まあ確かにな」「え、本当かな」「なるほど、そう考えると納得できるね」と心の中で反応を返す。
たったこれだけのことで、内容の定着が劇的に変わります。
なぜなら、感想を持つためには内容を理解していなければならないからです。「自分の感想を返す」という行為が、脳を「内容を取りにいくモード」に切り替えるスイッチになるのです。
これが自然にできている子がいます。文章を読みながら勝手に「へえ」「そうなんだ」と反応している子。
こういう子は教わらなくても内容が頭に入る。いわゆる「筋のいい子」です。しかし、そうでない子のほうが圧倒的に多い。
そしてそうでない子たちは、この「読みながら自分を存在させる」という技術を、意識的に身につける必要があります。
保護者の方に知っておいていただきたいのは、これは性格や才能の問題ではなく、訓練で身につく技術だということです。読書好きの子が自然と身につけているこの習慣を、読書が苦手な子にも後天的にインストールできる。
ただし、そのためには「訳す力」とは別の指導が必要です。文法と構文を教えるだけでは、この力は育ちません。
当塾の長文指導で本文の内容に踏み込んだやり取りをするのは、まさにこの訓練のためです。
「内容を把握する自分」が文章の中に存在し始めて、初めて脳は動き出す。訳す力と読む力は別物です。お子さんが英語の長文で苦戦しているなら、「訳せているかどうか」ではなく「内容を自分の中に取り込めているかどうか」に目を向けてみてください。そこにこそ、伸びしろがあります。
宇都宮市英語専門進学塾EX 塾長のブログ
英語診断ドック
今の勉強法で伸びない理由を、短時間で整理します

